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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)168号 判決

原告

有限会社大翔

右代表者取締役

山本晃嗣

右訴訟代理人弁護士

湊谷秀光

被告

東京都渋谷区保健所長

長谷部碩

右指定代理人

内山忠明

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告が原告に対し平成五年五月二七日付けでした旅館営業許可申請の不許可処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  当事者間に争いのない事実等

1  原告は、平成五年二月一〇日付けで、被告に対し、旅館業法(以下「法」という。)に基づき左記の旅館業の営業の許可を申請した(以下、右申請を「本件申請」といい、右申請に係る施設を「本件ホテル」といい、右施設の所在地を「本件申請地」という。)。

施設の名称   ビジネスホテル円山

施設の所在地  東京都渋谷区円山町四七番二、同番三

営業の種別   ホテル営業

2  法三条三項は、旅館業の営業許可の申請に係る施設の設置場所が、同項各号に掲げる施設の敷地の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にある場合において、その設置によって当該施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあると認めるときは、許可を与えないことができる旨規定するところ、本件申請地から直線で四〇メートルほどの渋谷区円山町九番七号に所在する東京都渋谷区円山児童遊園地(以下「本件児童遊園地」という。)は、昭和四五年四月一日に設置され、昭和六一年一月二七日付けで、法三条三項三号及び東京都旅館業法施行条例(以下「施行条例」という。)二条一項四号に規定する施設として、東京都知事の指定を受けた。

3  被告は、本件申請について、法三条四項及び施行条例三条二号の規定に基づき、本件児童遊園地の管理者である渋谷区長に意見を聞き、また、渋谷区長の諮問機関である東京都渋谷区興行場法、旅館業法及び公衆浴場法運営協議会の渋谷区長に対する答申を踏まえた上、平成五年五月二七日付けでこれを不許可とする処分(以下「本件処分」という。)をした。

本件処分についての旅館業営業不許可通知書(以下「本件不許可通知書」という。)には、不許可の理由として「本件ホテルの設置によって法三条三項三号及び施行条例二条一項四号の規定に基づき東京都知事が指定した本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるものと認めるため」である旨の記載(以下「本件理由記載」という。)がされている。

二  争点

本件の争点及びこれに対する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  本件処分が理由の附記を欠くか否かについて

(一)被告の主張

法三条五項が、旅館業経営の不許可処分をする場合に、その理由を附記すべきものとした趣旨は、旅館業の許可制度が公衆衛生の見地及び善良な風俗を維持する観点から、その営業の自由に制限を加えることを目的としていることにかんがみ、不許可処分理由の有無について処分権者の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、処分理由を申請者に知らせることによって、不服の申立てに便宜を与えようとすることにある。このような理由附記の趣旨からすれば、不許可処分の通知書に附記すべき理由としては、どの不許可事由に該当するのかをその根拠とともに明示することを原則としつつも、当該不許可事由の性質、その根拠規定、申請に係る施設の性質、その周辺の状況及び行政庁の事前の行政指導等から、申請者がいかなる理由で不許可になるか当然に知り得るような場合には、単に根拠条文の文言を示すだけでも理由附記としては十分である場合もあるというべきである。

本件処分の不許可事由は、法三条三項三号に該当する場合であり、本件申請地の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内に同号に該当するいかなる施設があるかは具体的事実をもって示すことが可能であるが、当該施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるか否かは、処分庁が善良な風俗を維持するという観点から、諸般の事実を総合的に考慮して、その裁量に基づき判断するものであり、判断の基礎となった事実を不許可事由の根拠として示すことは困難であり、法も要求していないところである。そして、本件申請地の周辺環境、本件ホテルの設置場所及び敷地面積、原告に対する事前指導からすれば、本件処分は、原告がいかなる理由で本件申請が不許可になるかを当然に知り得る状況の下でなされたものである。

したがって、本件理由記載は、法三条五項の理由附記としては十分であるというべきである。

(二) 原告の主張

法が理由附記を定めた趣旨からすれば、不許可の理由について、単に該当条文を掲げるにとどまらず、不許可理由に該当する実質的な理由を記載することが要請されているというべきところ、本件理由記載は、法三条三項の条文の文言を引用したものにすぎず、当該施設の清純な環境が著しく害されると判断した理由は全く附記されていない。

したがって、本件処分は、法三条五項で要求されている理由の附記を欠くものであり、違法である。

なお、被告は、事前の行政指導により原告に説明したことから、原告は不許可の理由を知り得た旨主張するが、理由附記の程度は、相手方の知、不知にかかわりがないというべきであるし、被告のいう事前指導自体、申請書用紙の交付を拒んだり、申請書の受理を拒絶するなど、到底適切な行政指導とはいえないものであった。

2  本件ホテルの設置により本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるか否かについて

(一) 被告の主張

(1) 本件児童遊園地のある円山町地域は、かつては多くの料亭が軒を連ね、花柳界として賑わった街であるが、昭和四〇年代後半から廃業した料亭の跡地等に旅館が建ち並ぶようになり、昭和五〇年代後半にかけてその数は急増した。現在は多数の旅館が建ち並ぶ地域であるが、旅館のほとんどは専ら異性を同伴する客の休憩・宿泊用の施設、いわゆるラブホテルとして利用され、ラブホテル街と化している。

これに伴い、これらの地域を中心として、ホテルを利用した売春行為がはびこり、客を勧誘するビラが氾濫し、さらには、売春を斡旋する暴力団に関連する犯罪が多発するなどし、こうしたラブホテルを利用する男女の姿、路上での売春の交渉、使い捨てられた避妊具等が本件児童遊園地を利用する児童を初めとして、同地域で生活する児童の目に触れるなどして、児童の健全な育成に極めて重大な悪影響を与えている。そして、これ以上、旅館が増加すると、こうした環境の悪化が一層進むとともに、本件児童遊園地周辺の地域には、一般の人々が近寄らなくなり、いわゆるラブホテルの利用のみを目的とした同伴客や売春を斡旋するような者のみが増え、児童の教育環境及び地域住民の生活環境の悪化が憂慮される事態となる。

(2) 本件ホテルは、名称「ビジネスホテル円山」、種別「ホテル営業」とされているが、その立地条件、総客室数(本件ホテルの総客室数は一七室で、うちシングルルーム九室、ツインルーム八室)、周辺の客層等から判断すると、本件ホテルが、商用出張客等を主な対象とするビジネスホテルとして経営されることは困難であり、法五条の規定から同伴客の宿泊を拒むことができないことからすれば、ラブホテルとして利用あるいは転用されることが容易に予想され、本件児童遊園地周辺の環境を一層悪化させることになり、地域の幼児、児童の遊び場等として広く地元住民に親しまれている本件児童遊園地の清純な施設環境を著しく害するおそれがあるというべきである。

(3) なお、原告は、渋谷区においては、旅館業につき独自に高度の施設基準を設けて行政指導をしており、本件ホテルが右施設基準を満たしている以上、法三条三項の清純な施設環境が著しく害されるおそれがない旨主張する。

しかしながら、原告の主張する施設基準は、昭和五九年八月二八日に、厚生省生活衛生局長が、各都道府県知事、各政令市市長及び各特別区区長あてにした「旅館業における衛生等管理要領について」と題する通知(以下「本件要領」という。)に定められた基準であり、渋谷区独自の基準ではない。

また、渋谷区の保健所が作成した「旅館業を経営する方へ」と題する小冊子(以下「本件小冊子」という。)には、法に基づく旅館業の営業の許可申請についての不許可事由がまとめて記載されているところ、右不許可事由としては、設置場所、施設基準、人的要件に関するものがあり、右施設基準に関する不許可事由に該当しない場合にも、設置場所に関して法三条三項各号の要件に該当すれば許可されない場合のあることを示したものであり、単に施設基準に該当することをもって、清純な施設環境を著しく害するおそれがないということはできない。

(二) 原告の主張

(1) 渋谷区においては、本件小冊子に記載されている施設基準(以下「本件施設基準」という。)のように旅館業につき独自に高度の施設基準を設けて行政指導等を行っている。本件施設基準におけるフロントのカウンターの長さ(1.8メートル以上)や客と直接面接できる等の構造、一定の面積の食堂やロビー(食堂は宿泊定員×0.8平方メートル以上、ロビーは宿泊定員×0.378平方メートル以上)及び厨房施設の設置等の規制は、いわゆるラブホテルとしての営業ができにくいようにする目的、すなわち、主として善良の風俗の保持の目的で行われるものであり、こうした規制が営業の自由を侵害するものである以上、本件施設基準は、善良の風俗の保持の必要性が特に必要な場所における旅館営業を行う場合に充足すべき基準として理解されるべきである。そうすると、本件施設基準は法三条三項の清純な施設環境を著しく害するおそれの有無に関する解釈基準と解すべきであるから、本件ホテルが本件施設基準を満たす施設である以上、清純な施設環境を著しく害するおそれがないというべきである。

(2) 本件ホテルは、ビジネスホテルとしての営業を目的としたものであり、ビジネスホテルとしての営業が困難であるとの被告の判断は予断と偏見に基づくものである。すなわち、本件申請地の半径一キロメートル圏内には数多くの大企業の本社、支社、営業所が存在するところ、本件申請地周辺にはビジネスホテルの絶対数は少なく、また、本件申請地は駅から極めて至便な場所にあり、ビジネスホテルとしての立地条件等を十分満たしているというべきである。現に本件申請地のすぐ近くにはビジネスホテルとして営業をしていると思われるホテル(ホテル白百合)が存在している。そして、ビジネスホテルとラブホテルの区別は施設の客観的構造の面においては、利用者の利用目的に合致した施設を有しているか否かによるところ、本件ホテルはシングルルームを主体とし、また、前記のとおり本件施設基準に従い、ラブホテルとしては不必要あるいは利用しにくいフロントのカウンターの長さや構造、食堂やロビーの面積等の基準を満たしており、ラブホテルとしては機能しにくい客観的構造を備えているものである。

また、本件児童遊園地は、極めて小規模な公園であり、昼間でもチェーンで施錠されていることもあり、その利用の頻度も低い極めて閑散とした公園である。本件児童遊園地が広く地元住民に利用され親しまれているという実態はなく、その設置及び都知事の指定は、旅館の新規開業を規制する根拠とするために政策的になされたものであるから、本件児童遊園地には、本来、清純な施設環境という保護されるべき法益がなく、あるいは、原告の営業の自由が優先する程度の法益しかないというべきである。

したがって、本件ホテルの設置により、本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるおそれはないというべきである。

3  本件処分が憲法一四条一項の平等原則に違反する処分か否かについて

(一) 原告の主張

被告は、平成元年四月一日以降に旅館業営業の許可申請がされ、かつ、本件児童遊園地の一〇〇メートル以内にある施設について、少なくとも四件の営業許可をしており、それにもかかわらず、本件申請のみを不許可とすることは、明らかな法の下の平等原則違反であり、本件処分は、憲法一四条一項に違反する。

また、右のような取扱いの差異が、許可に係る施設が本件児童遊園地の存在による規制以前から存在していたかどうかによるものとしても、右のような差異を設けることが、本件児童遊園地の存在による規制が環境改善のための方策というよりは、既存業者の利益保護の結果となっていることは明らかである。環境改善の目的であれば、被告の指導する本件施設基準を遵守していないものは、既存の施設であっても積極的に指導し、本件施設基準を遵守しているものであれば、新規の営業許可申請であってもこれを許可するという取扱いをすべきであるから、右のような取扱いの差異には何ら合理性がないというべきである。

(二) 被告の主張

原告の主張に係る施設は、いずれも、本件児童遊園地が都知事に指定され、法三条三項の規制を受けることとなった昭和六一年一月二七日以前に営業許可を受け、旅館業を営業してきたものであり、これらの施設についての原告主張に係る営業許可は、従来から存在した施設についての譲渡、相続による営業の承継に伴って行われたものであり、これから新たに旅館業を始めようとする原告の本件申請につき、これを不許可とすることは何ら不合理な差別に当たるものではない。また、右のような取扱い及び本件児童遊園地の法三条三項三号施設としての指定につき、被告に既存業者を保護する意図はなく、本件児童遊園地の指定による規制後、既存のホテル八軒が既に廃業されていることからみても、特に既存業者の保護の結果が生じているというわけでもない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

法三条五項が、旅館業の営業の不許可処分をする場合に、その理由を附記すべきものとした趣旨は、不許可処分理由の有無について処分権者の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、処分理由を申請者に知らせることによって、不服の申立てに便宜を与えようとすることにあると解すべきである。右のような理由附記の制度趣旨にかんがみると、附記すべき不許可処分理由としては、その記載自体によって、いかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用して不許可処分がなされたかを明示する程度のものであることを要するというべきである。

そこで、本件処分の不許可事由についてみると、本件処分は、法三条三項の不許可事由があるとしてなされたものであるが、右不許可事由の具体的な要件は、本件申請地が法三条三項三号に掲げる施設の敷地の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にあること、本件ホテルの設置により、右施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあると認められることであるところ、本件理由記載は、本件ホテルの設置により、法三条三項三号に掲げる施設である本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるものと認められる旨を記載したものであり、本件児童遊園地の位置は客観的に明らかであるから、法の規定と併せみれば、本件処分の理由となった基本的事実関係は、右記載をもって明らかにされているというべきである。

原告は、本件理由記載には、本件ホテルの設置により清純な施設環境が著しく害されると判断した理由の記載がなされていない旨主張する。しかしながら、当該施設の清純な施設環境という保護法益自体は、概括的、抽象的な保護法益とは異なり、一定の具体性を有するものであるし、それが侵害される態様については、設置される旅館等の施設自体あるいはその利用客等による施設環境の侵害が想定されていることも明らかであり、また、清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるか否かの判断は、申請旅館の場所、構造、利用方法、当該施設の利用状況及び周辺環境等の諸事情を総合的に考慮してなされるものであり、判断の基礎となったすべての事実関係をその根拠として網羅的に明示することが困難であることにかんがみれば、これらの事実関係及びこれを基礎とした具体的判断過程すべてを記載することまでは要求されておらず、そうした記載がないことをもって、法三条五項が理由附記を定めた趣旨に反するとまではいえないと解するべきである。

したがって、原告のこの点の主張は理由がないというべきである。

二  争点2について

1  前記当事者間に争いのない事実等に加え、証拠(証人宮崎幹二郎、同川泉邦雄の各証言、原告代表者尋問の結果、適宜各項末尾に掲記した各書証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件申請地のある円山町地域は、渋谷区内の最大の繁華街である宇田川町及び道玄坂地区の西側に位置し、かつては多くの料亭が軒を連ねていたが、昭和四〇年代後半から五〇年代の終わりにかけて、料亭が次々に廃業していき、その跡地等に旅館が建ち並ぶようになった。現在は、隣接する道玄坂二丁目地区とともに、多数の旅館が建ち並ぶ地域であるが、それらの旅館のほとんどは、いわゆるラブホテルとして利用され、これらの地域は、その外装、看板、ネオンサイン等から一見してラブホテルと分かるような小規模のホテル、旅館が多数建ち並ぶ、都内有数のラブホテル街と化しており、付近の通行人の層も、地元住民以外では、こうしたホテルを利用する男女の同伴客が多く、商用のビジネスマンなどは立ち入り難い雰囲気となっている。また、本件児童遊園地の周辺一〇〇メートルの区域内にも二九軒程度のラブホテルが建ち並んでいる。そして、こうしたラブホテルの林立に伴い、これらの地域を中心として、そうしたホテルを利用した売春行為がはびこるようになり、売春を勧誘するようなビラ、小冊子等が電話ボックス、電柱等に貼られるなどして氾濫するようになり、さらには、売春等に関連する犯罪が多発するなどしている。(甲一六、三〇、三一号証、乙一ないし三号証、二七号証の一ないし五、二八号証の一ないし四、二九、三〇号証、三五号証の一ないし二八)

(二) 本件児童遊園地は、児童の遊び場を求める地元住民の要望により、昭和四五年四月一日に設置されたものである。なお、その当時、施行条例には、法三条三項三号に基づき本件児童遊園地などの公園を指定する根拠となる規定は存在せず、昭和四九年六月一七日付けの東京都条例第六六号による改正により、公園などの社会教育施設等が法三条三項三号の指定施設として施行条例に追加されたものである。

本件児童遊園地の周囲おおむね三〇〇メートルの区域内に居住する児童・生徒数は、平成五年一月一日現在で、未就学児童八〇名、小学生一五七名、中学生九七名及び高校生一二二名であり、本件児童遊園地前の道路は、渋谷区立大向小学校の通学路として指定されている。本件児童遊園地周辺の公園としては、本件児童遊園地から交通量の激しい道路をはさんで約二〇〇メートル以上離れた場所に渋谷区立の公園がある程度で、本件児童遊園地は、付近の児童の遊び場として日常的に利用され、また、町会のお祭りの会場等としても利用されている。なお、本件児童遊園地の開園時間は午前八時三〇分から午後六時まで(ただし、夏期には午後八時まで)とされており、開園時間以外は管理上渋谷区から委託された地元住民により施錠されている。そして、本件児童遊園地の周辺地域にラブホテルが林立していることにより、こうしたラブホテルを利用する男女の姿、路上での売春の交渉、使い捨てられた避妊具等が本件児童遊園地を利用する児童を初めとして、同地域で生活する児童の目に触れるなどの状況にある。

本件児童遊園地は、同遊園地及び周辺地域の環境浄化等を求める地元住民の要望書の提出等もあって、昭和六一年一月二七日付けで法三条三項三号及び施行条例二条一項四号に規定する施設として東京都知事の指定を受けた。(甲三一号証、乙一、五、二一ないし二三号証、二四号証の一ないし四、二五号証ないし二七号証の各一ないし五、二八号証の一ないし四、三五号証の一ないし二八)

(三) 本件申請地は、JR等の渋谷駅から徒歩で一〇分程度離れており、人の流れの多い道玄坂あるいは東急百貨店本店前から更に細い道路を何度か折れて入る奥まった場所のラブホテル街の一角に位置する敷地面積二〇〇平方メートル程度の土地である。本件ホテルの総客室数は一七室であり、うちシングルルームが九室、ツインルームが八室とされており、本件施設基準に適合するフロントカウンター、ロビー、食堂及び厨房施設を備えることが予定されている。本件ホテルの規模は、大都市におけるビジネスホテルとしては極めて小規模であり、シングルルームの比率も低いことから、ビジネスホテルとして利用した場合の経営効率は悪いものといわざるを得ず、本件ホテルの立地条件、周辺環境を考慮すると、ビジネスホテルとしての経営が困難な程度の規模となっている。いわゆるラブホテルにおいては、一室を一日数回利用できることもあって、比較的小規模なホテルも多く存在している。なお、本件申請地から半径一キロメートル圏内には、六〇社以上の企業の社屋が存在しているが、円山町地域には、同地域がラブホテル街であることもあって、ビジネスホテルと思われる施設はない。本件申請地の近くには、ビジネスホテル白百合の看板を掲げている施設があるが、右施設は極めて小規模の和室だけの旅館であり、その経営者が隣接するラブホテルの経営者と同系列の会社であり、休憩料金を表示する看板が出されていることからすれば、右施設が実際にビジネスホテルとしての経営及び利用がなされているものとは考えられない。(甲九、一一、三一、三三、三五号証、乙一、二、三二号証、三五号証の一ないし二八)

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  以上の事実を前提に、本件ホテルの設置により、本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるか否かについて検討する。

前記認定のとおり、本件申請地は、渋谷駅から相当程度離れ、しかも表通りから更に細い道路を何度か折れて入る奥まった場所に位置し、その周辺は、一見してラブホテルと分かる小規模なホテル、旅館等が林立するいわゆるラブホテル街であり、商用出張客等が立ち入りにくい雰囲気であること、本件ホテルの規模もビジネスホテルとしては経営が困難と思われる程小規模であり、むしろ、周辺のラブホテルと規模等においては同等であること、その周辺地域の通行人の層もラブホテルを利用する男女の同伴客が多く、法五条により旅館業の営業者は原則として利用客の宿泊を拒むことができないこと等を考慮すれば、原告がたとえビジネスホテルとして営業する意図をもっていたとしても、本件ホテルがいわゆるラブホテルとして利用される可能性は高いものといわざるを得ない。そうすると、本件申請が許可されて本件ホテルが新設された場合には、ラブホテルとして利用されることにより、本件申請地の周辺地区への宿泊施設の集中化とそれに伴う男女の同伴客の利用が助長され、周辺のラブホテルと相まってこうした地域の環境のより一層の悪化を招くおそれがあるというべきであるから、本件ホテルの新設により、なお一層、本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるものといわざるを得ない。

3  原告は、渋谷区においては、特に高度な規制として本件施設基準を設けて行政指導等をしているから、本件施設基準を満たす施設である以上、本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるおそれがないというべきである旨主張する。

しかしながら、原告の主張する本件施設基準の内容は、昭和五九年八月二八日に旅館業における衛生管理の指針として発せられた本件要領に定められた内容であり、渋谷区が法三条三項各号の施設の清純な施設環境を著しく害するおそれがあるか否かを判断する基準として独自に定めたものでないことは明らかである。もちろん、本件要領に定められた内容についてどの程度の行政指導又は具体的規制を行うかは、東京二三区においても、各区の実情に応じ、必要な範囲でなされているものであるが、仮に、渋谷区において、他の特別区に比べて本件要領の実質的な運用及びこれに基づく行政指導が厳格になされているとしても、これをもって、直ちに本件施設基準が清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるか否かの解釈基準であるということはできない。すなわち、営業の自由といえども公共の福祉による一定の制約を受けざるを得ないものであるところ、法は、旅館業の経営許可制度を定め、許可を与えない場合として、施設の構造設備の基準、設置場所、人的要件の各観点からの不許可事由を想定しており、本件小冊子においても、これと同様の不許可事由を記載しているのであって、右不許可事由のうち、施設基準に関する不許可事由に該当しないことが、直ちに、設置場所等の不許可事由に該当しないことになるわけではないことは明らかである。法三条三項の不許可事由が専ら設置場所との関係での定めであることからすれば、本件施設基準が善良の風俗の保持の観点から設けられたものであるとしても、本件施設基準を満たすことによって、直ちに、法三条三項の清純な施設環境が著しく害されるおそれがないことになるわけではないというべきであり、この点に関する原告の主張は独自の見解といわざるを得ない。

4  また、原告は、本件ホテルはシングルルームが主体であること、本件施設基準満たしていることなど、その客観的構造からラブホテルとしての利用が困難である旨主張する。

しかしながら、本件ホテルは、シングルルームが多いというものの、ツインルームより一室多いにすぎないこと、シングルルームとツインルームの相違は主として客室面積の相対的な違いにすぎず、ベッド等の設備によっては、シングルルームであっても複数人の利用が可能であること、本件施設基準に基づく設備、構造等についても、これらがあることによって、必ずしも男女の同伴客の利用が著しく困難になるものとは考えられず、弁論の全趣旨によれば、現に、本件要領が通知された昭和五九年以降は、渋谷区においては区内全域のすべてのホテルについて本件要領に基づく施設基準を満たさなければ法三条による許可を行っていないが、本件申請地周辺のホテルはほとんどすべてがラブホテル化していること等を考慮すれば、本件ホテルの客観的な構造から、直ちにラブホテルとしての利用が困難であるということはできない。

5  さらに、原告は、本件児童遊園地につき、その設置及び都知事の指定は、地域住民による利用の程度自体が低いにもかかわらず、旅館の新規開業を規制するために政策的になされたものであるから、本件児童遊園地には、清純な施設環境という保護されるべき法益がなく、あるいは、原告の営業の自由が優先する程度の保護法益しかない旨主張する。

しかしながら、本件児童遊園地が設置された経緯は前記認定のとおりであり、その設置自体が旅館業規制の政策的目的でなされたものといえないことは明らかであるし、本件児童遊園地の利用状況についても前記認定のとおりであるから、本件児童遊園地に元々保護されるべき清純な施設環境等の法益がないとか、原告の営業の自由を制約してまで保護するに足りる法益がないということはできない。

6  以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がないというべきであり、本件ホテルの設置により、本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるというべきである。

三  争点3について

本件児童遊園地から一〇〇メートル以内にあるホテルのうち少なくとも四軒については、本件児童遊園地が法三条三項三号の施設として都知事の指定を受けた後である平成元年四月一日以降に営業許可を受けたものであることは当事者間に争いがなく、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、これらのホテルはいずれもラブホテルとしての利用がなされていることがうかがわれる一方、これらのホテルについては、いずれも本件児童遊園地が法三条三項三号の施設として都知事の指定を受けることとなった昭和六一年一月二七日以前に営業許可を受けて旅館業の営業を行ってきたものであり、平成元年四月一日以降の営業許可は、従来から存在した施設の譲渡又は相続による営業の承継に伴うものであったことが認められる。そして、本件児童遊園地による規制が行われる以前から営業を継続してきた既存業者に対して相続による承継を認めず、あるいは、営業譲渡による投下資本回収を認めないことと、右規制後の新規の営業の開始を認めないこととでは、その規制の程度、効果が異なることを考慮すれば、これらのホテルに関する営業許可の申請と本件申請とで、その取扱いに差異を設けることには合理性があるというべきであり、原告が主張するような営業許可がなされていることをもって、本件処分が憲法一四条一項に違反するものとはいえない。

また、原告は、本件児童遊園地の存在による規制が環境改善のためというよりは、既存業者の利益保護の結果となっており、環境改善のためであれば、被告の指導する本件施設基準を遵守していないものは、既存の施設であっても積極的に指導し、本件施設基準を遵守しているものであれば、新規の営業許可申請であってもこれを許可すべきであるから、右のような取扱いには合理性がない旨主張する。もとより、既存業者であっても、環境の改善の観点からは関係行政機関により、継続的に適切な指導等がなされる必要のあることはもちろんであるが、本件処分が専ら既存業者の利益保護のためになされたものであることをうかがわせるに足りる証拠はなく、新規開業に対する規制が、仮に既存業者の利益を保護する結果となる一面があるとしても、前記のとおりの規制の程度、効果が異なる以上、その取扱いに差異を設けることには合理性があるというべきであり、この点をもって本件処分が憲法一四条一項に違反するものとはいえない。

したがって、この点についての原告の主張も理由がないというべきである。

四  以上によれば、本件処分は適法であるというべきであり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官竹田光広 裁判官森田浩美)

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